一個人としておさえるべき「8項目」とは?

一個人として

いつの時代であっても我々人間は他者との関わりを強いられます。

またそんな中「一個人として」行動をしたり、発言をしたりしています。

ということはそういった行動すべてがいつも他人からの評価対象となるわけですので、自分の行動には責任を持たなければなりませんよね。

もっと言えば「あなたの発言」は「あなた個人の発言」なんです。

あなたを愛情をもって育ててくれた親の発言ではないんですね。

他社との関り合いが多い現代において、他人からの評価が「全て」。

「一個人」としての自分の立ち振る舞いには常に責任を持ちたいものです。

またそんな時代にあって、「一個人として恥ずかしくないように〇〇」や、「一個人として身につけるべき〇〇」といった声をよく耳にするかと思います。

そしてそういった風潮や他人の視線というのは実に鋭利で、恐ろしいものです。

お金があるからという理由で、「一個人」としての能力が備わっていなければ、問答無用でたたかれる。

同じように有名人だからと言って「一個人としてのマナー」がなければ世間から袋叩きにされる。

ですから「一個人として」という認識を正しく持ち、責任感のある行動をとっていくことが非常に重要なんですね。

現代社会で自分を守っていくために「お金」と同じくらい、この「一個人としてのスキル」が重要になるのです。

そこで本記事では「どのように普段からふるまえば一個人として正当な評価をもらえるのか?」や、「どのように普段からふるまえば一個人として恥ずかしくないのか?」それぞれのあり方や予備知識について解説していきたいと思います。

本記事をお読みいただければ「一個人として」のふるまい方がわかるはずです。

ただ先に断っておきますが、ここで解説しているのはあくまでも筆者による個人的な考えです。

読者の方によっては、その考えにズレが生じている可能性があることをあらかじめご了承ください。

この記事を書いているのは
shu
  • shu、32歳
  • 2年目個人ブロガー
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  • 個人所持サイト「3つ」
目次

一個人としてとは?

一個人としてとは

まず先にこの「一個人として」における正しい意味や同義語、使い方についてみていきたいと思います。

国語の勉強のようだと、疎まれる気持ちも分かりますが、ここの認識をはきちがえたくありませんので、少々お付き合いください。

一個人としての意味とは?

「一個人として」とは、要するに「一人の人間として」ということですね。

「一人の人間として」と言葉にすれば簡単ですが、それではこの「一人の人間として」とは一体どういうことなのでしょうか?

例えば我々は普段この「人として」という言葉を結構耳にしますし、自分に合っても安易に使いがちです。

  • 人としてそれはやっちゃだめだよ。
  • 人として素晴らしいね!

こんな感じで・・。

この「人として」とは要するに「人間として」ということですね。

例えばワニやライオンであれば、人を殺したとしても何もとがめられることはないでしょうが、同じことを人間である我々が行えば「人として最低だ!」と一気にたたかれてしまう。

このように「人として」という言葉の背景には、それを「人が行ったらどうか?」という倫理的な問題がまず第一に付きまとっている気がします。

しかし、仮に「人として」悪い行いをしてしまったとしても、それを行った張本人が「未成年」であったらどうでしょうか?

おそらくその場合もワニやライオンと同じく寛容に許されるだろうし、倫理的にどうだといった問題も除外される気がします。

「未成年だから仕方ない」といった風潮はいつまでも無くなりませんからね。

なので世で言われている「人として」という言葉を正確にいい得るのなら、「成人になった人間が行ったらどうか?」ということになります。

ただ「人として」という基準が、なぜ年齢によって違いが生じるのかは疑問で仕方ありません。

だって、そうでしょう?

成人男性が多くの人を殺めたら世間から後ろ指をさされるのに、未成年であればそれが許される。

年齢で判断されるのはおかしいと思いませんか?

しかし世でいわれる「一個人として」や「人として」という言葉は現に、この年齢によるところが大きいのです。

あまり話が長くなってしまってもアレなので、このくらいにしておきますが、要するに「一個人として」とは「成人になった人間における行動基準」ということですね。

一個人としての同義語とは?

この「一個人として」の同義語は、今申し上げた通り「人として」になります。

またこの「一個人として」から「一」をとった「個人として」にすると、少し双方の間でニュアンスが崩れてしまう気がしますね。

例えば「一個人としての発言」と、「個人としての発言」とでは意味合いが少しずれてしまう気がします。

なので一番近い同義語はやはり「人として」や「一人の人間として」になるはずです。

一個人としての使い方

またこの「一個人として」という表現はどういった時に使われるのでしょうか?

例えばこんな感じですかね。

  • 一個人としてはそのように思います。
  • 同じ場所で働いているが、一個人としては彼とは何の関係もありません。
  • 一個人の立場で訪問しました。
  • 一個人の収入です。
  • 一個人として署名しました。

このような「一個人として」を含んだ表現は普段から結構使うのではないでしょうか?

ただ今の表現を同義語である「人として」や「一人の人間として」に置き換えて、言い直してみると意味が通じるものは通じますが、通じないものは通じないですよね。

例えば「人としての収入です」や、「一人の人間としての収入です」という表現に言い換えてしまうと、意味がわかりません。

このように「一個人として」という表現には、独自のニュアンスがあることが分かりますね。

日常生活における一個人としてのあり方、8項目

日常生活における一個人としてのあり方

以上「一個人として」の意味合いを私とあなたとで共有できた上で、ここからは本題でもある「一個人としての生活のあり方」についてみていきたいと思います。

以下の「8」つの項目にわけて解説していきます。

日常生活における一個人としてのあり方、8項目
  1. 守るべきマナーを身につける
  2. 人格の確立
  3. 相手の気持ちを思いやる
  4. 感謝の気持ちを忘れない
  5. 丁寧な言葉遣い、正しい言葉遣いを心掛ける
  6. 目標をもつ
  7. 今与えられている仕事に責任もってあたる
  8. 個人で稼ぐ術をみにつける

1、守るべきマナーを身につける

やはり「一個人として」見るのなら、最低限のマナーは身につけておきたいですね。

かくいう私も偉そうなことは言えませんが、高校時代はマナー研究という授業を履修したり、大学時代も関連書籍を読んだりして最低限の「一個人としてのマナー」は身につけているつもりです。

そして私の思うその「最低限のマナー」というのが、以下のようなものですかね。

  • あいさつははっきり行う
  • 時間は守る
  • 報告・連絡・相談を怠らない
  • 丁寧な言葉遣いを意識する
  • 整理整頓を心がける
  • 身だしなみを整える

今述べたことに関してここでは詳しく考察しませんし、このマナーに関してあげ始めるとキリがないのですが、いまあげたことを守ることができれば「一個人としての最低限なマナー」は守れていると言えるのではないでしょうか。

「マナー」は奥が深いです。

身につけていけばその分相手から一目置かれる存在になれるはずだし、毎日の生活が充実したものになります。

興味のある方はこの機会に是非親しんでみてはいかがでしょうか?

2、人格の確立

また「一個人として」はきちんと人格も確立しておきたいところ。

いつも他人に流されてばかりの性格や、優柔不断な性格とあっては、説得力に欠く人間になってしまいます。

逆に人格をしっかり確立させておけば、説得力のある人物として周りからも信頼されるし、一つ一つの発言に力を持たせることが出来るようになります。

そのようになれば例えば会社などの会議でも存在感を示すことができるようになるのではないでしょうか。

3、相手の気持ちを思いやる

「一個人として」見るならば当然相手の気持ちを思いやれる人物になりましょう。

これってものすごく大切だと思うんですよね。

「相手の気持ちを思いやる」、これって単純そうに見えますが大人でもできない人は多いです。

どんなに立派な人格が確立されていようが、どんなにお金を稼いでいようが、相手の気持ちを思いやれない人は「一個人として」は落第です。

むしろ相手の気持ちを思いやれる人でありさえすれば、「一個人として」は十分評価に値するのではないでしょうか。

4、感謝の気持ちを忘れない

また感謝の気持ちを忘れないというのも、「一個人」として大切になるはずです。

人生の目的は人それぞれですが、自分という人間は様々な人に支えられて生きている。

これが「真理」だと思うんですよね。

例えば、今日あなたが平気で生きていられるのも、食べ物を施してくれるレストランがあって、そこにはシェフがいて、食材となる野菜や動物たちがいる。

自分一人の力で行っていることなど何もないということに気付けるはずです。

勿論幼い頃はそういったことになかなか気づけないかもしれませんが、大人になるにつれ、そういった考え方もできるはずです。

ですから大人になった今、その「真理」をとらえるという意味でも、あらゆるものに感謝をしていきたいですよね。

何も無理して「ありがとう」と言葉にする必要はありません。

感謝の気持ちを忘れなければいいのです。

「一個人」としてそういった考え方ができれば、本当に立派だと思います。

5、丁寧な言葉遣い、正しい言葉遣いを心掛ける

また「一個人」として丁寧な言葉遣い、正しい言葉遣いには心掛けたいところです。

大人になり、人とのコミュニケーションが増えるにつれ、自分の発言一つ一つが人の耳に入る機会が多くなります。

会社での会議や、上司との会話、部下との会話など。

時には、部下に怒ってしまうこともあるでしょう。

しかしそんな時、ただ怒鳴り散らすのか、丁寧な言葉遣いや正しい言葉遣いで諭すように怒るのかでは、そのあとの流れが180度変わってくるはずです。

怒られた部下にしてみても萎縮することなく次の仕事に活かそうと思えるだろうし、それを聞いている周りの人間からしても嫌な気持ちにさせられることはありません。

つまりそうやって丁寧な言葉遣いや正しい言葉遣いをしていくから、他人と信頼関係をきちんと築いていけるのです。

このことを「一個人」としては忘れたくありませんね。

6、目標をもつ

また「一個人として」考えたときに、しっかりと目標をもっている人物になりましょう。

というのも目標のある人物というのはどこか魅力的にみえるし、イキイキした雰囲気が周囲に良い影響を及ぼすからです。

それに日々目標があったほうが自分自身の生活も楽しくなりますからね。

その際、どんな目標でもいいと思うんです。

小さい目標でもいい。

生涯は短いです。

是が非でも毎日を充実させたいですよね。

目標さえあれば、充実した毎日を送っていけるのではないでしょうか。

7、今与えられている仕事に責任もってあたる

またあなたがいまどんなお仕事に就いているかはわかりませんが、どんな仕事に従事していたとしても「一個人として」は、今与えられた仕事に責任をもってあたりましょう。

これは責任感といった言葉にも言い換えられるかもしれませんが、どんな境遇でも自分に与えられた仕事を全うできる人間は、「一個人として」評価に値します。

また仮に今責任感が備わっていなくても、日々与えられた仕事を責任をもってあたることで身につけていくことができます。

公務員の人でも、会社員の人でも、アルバイトの人でも、仕事の内容や境遇にかかわらずいま与えられた仕事をまっとうする。

そしてその日々の積み重ねが「一個人として」自信に繋がるし、周りの人からの評価にも繋がるのではないでしょうか。

8、個人で稼ぐ術をみにつける

また「一個人として」、個人で稼げる術もしくはスキルは身につけるべきです。

というのも、生きていくためには必ずお金を稼ぐ必要があります。

お金がなければ生きていくことができないし、家族も養っていくことができません。

そんな時、仮に今所属している会社が倒産でもしたら、収入はどのように工面すればいいのでしょうか?

しかしこの「個人で稼ぐ術」さえ備わっていれば、企業に頼ることなく自らの手でお金を稼ぐことができます。

それに現に私も「個人ブログ運営」で会社に頼らず収入を得ることができている立場なのでよくわかりますが、会社に依存しない生活は心身ともに充実します。

様々なリスクが付きまとう現代社会。

そういったことを考えると、「一個人として」そういったリスクは回避するべきです。

そういった意味でも個人で稼ぐ術は身につけておきたいところですね。

もちろん「個人で稼ぐスキル」はすぐに身に付くものでもありませんから、会社に所属して安定な収益をもらえている今だからこそ知識を深めてみてはいかがでしょうか?

一個人としての経験

一個人としての経験

これまで「一個人として」の生活のあり方についてみてきました。

それでは「一個人として」経験すべきこととはいったいどういうものがあるのでしょうか?

30代半ばとまだまだ未熟で若造である筆者ですが、恐れ多くもここで少し記してみたいと思います。

やっておいたほうがいい経験

かなりポジショントークになってしまうのですが、一個人としてやっておいた方がいい経験としてここでは2つ述べさせていただきたいです。

まず1つ目が「海外へ行く」です。

私は大学在学中に初めて海外(アメリカ、サンフランシスコ)へ行きました。

またその際、1人で行ったんですね。

初めての海外は「1人」でという変なこだわりがあったのですが、今となってはそれが良い経験となっております。

というのも様々な人種が共存しているサンフランシスコにいったことで、これまで自分がもっていた価値観というものが覆されたのです。

人間というのは自分の価値観が絶対だと盲信しておりますから、そういった価値観が覆される経験って非常に重要だと思うんですよね。

おかげで、「固定概念はなんてつまらないんだ!」と気づくことができました。

2つ目は「知り合いを多く作る」ということです。

これも持論ですが、人間の本当の資産って「人間そのもの」だと思うんですよね。

お金ももちろん重要ですが、困ったときに助けてくれるのはやはり人間だと思うんです。

そんな時知り合いが多ければ、あなたが困ったときなど様々な局面で力になってくれるはずです。

なので「知り合い」を多く作るべきなのですがそういった機会ってなかなかないんですよね。

社会人になればなおさら、そういった機会は少なくなります。

ですからもしあなたがまだ大学生などで、時間に余裕があるのならば是非この「知り合い」を多く作るという経験をしてほしいのです。

現に私も大学在学中に、サークルに複数所属したり、アルバイトを沢山かけもっていたおかげで、今もそこで出会った多くの人と繋がることができております。

そしてその時の繋がりがいまでも活きていて、「一個人として」の支えになっているのです。

やってはいけない経験

続いてはやってはいけない経験に関してですが、それは当然犯罪行為ですね。

罪を犯してしまえば、生きている間は「前科者」というレッテルを貼られることになりますから。

そんなものは「一個人」生きていく上で妨げ以外の何物でもありません。

また社会のモラルに反する行為も避けるべきです。

例えば「不倫」や「浮気」ですね。

こうした問題は罪にとわれることはありませんが、信頼を失う羽目になります。

パートナーに迷惑をかけているという時点で、「一個人として」あるまじき行為ですよね。

さて「一個人として」強固な地位を確立するために必要なのは、役職などの「肩書」ではありません。

「信頼性」です。

むしろこの「信頼性」さえあればどんな人間でも「一個人」として立派な地位を築くことができるし、他人からの評価にも繋がるのです。

そんな「信頼性」を一時の感情で、損なうことがないよう注意するべきです。

いつの時代であっても一個人としてあり方が大切になる

さてここまで「一個人」における正しい認識や、生活のあり方、するべき経験について解説してきました。

それではなぜいま、そのような「一個人」における知識が重要なのでしょうか?

それはひとえにいつの時代であっても、我々人間は「一個人」として生きているからです。

冒頭でも述べましたが、我々人間はいつの時代であっても他者との関わりを強いられます。

またそんな中「一個人として」行動をしたり、発言をしたりしているのです。

ということは自分の行動すべてがいつも他人からの評価対象となっているわけなので、自分の行動には責任を持つべきです。

他人からの評価がすべてといっても過言ではない現代社会。

あなたの行動はいつも世間から監視されており、レールを踏み外せば即座に攻撃されてしまう。

有名人が世間から踏み外した行動を行って、袋叩きにされるシーンは珍しくありません。

私たちも同じですね。

「一個人」として生きている以上、自分の身は自分で守らなければなりません。

ですから生きていくためには「お金」と同様か、それ以上にこの「一個人としての在り方」が大切になってくるのです。

特に現代は、「一個人としての在り方」がより重要になってきていると言えるのではないでしょうか?

一個人としておさえるべき項目、まとめ

ここまでお読みいただきありがとうございました。

本記事は筆者の価値観や考えがかなり色濃く出ている記事になります。

なのであくまで個人的見解として、受け止めていただければと思います。

ただその考察は人によって様々あったとしても、いつの時代であっても、どんな境遇であっても世間からは「一個人としての在り方」を常に見られております。

本記事の考察が、あなたの人生の参考にれば幸いです。


一個人として

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